部屋は掃除しましょう


 実家にほとんど連絡を入れない私に、厄介な刺客が来た。
 同じ大学に通う劉生に、母が様子を見るように言ってきたらしい。いや、そりゃ連絡はあんまりしてないけど、メールも滅多に返さないけど、変なことをしているわけじゃない。大学を辞めて遊び歩いてもないし、うっかり腐乱死体になって万年床に転がってもいない。
 普通に、単純に面倒だったのだ。それがいけなかった。
 よりによって劉生が様子見に、私の部屋に来るなんて。しかも母の手前、追い出すわけにもいかず――。

「相変わらず、汚い」
 扉を開けて、劉生が真っ先に言ったのがその言葉だった。
「文句言うなら帰ってよ」
 遠慮のない言葉に遠慮なく返す。たしかに私の部屋は汚い。六畳一間に万年布団は敷きっぱなしだし、洗濯物は部屋の中につるしっぱなし。押し入れに放り込むのも面倒で、脱ぎ捨てた服がそこらに散らかっていた。書きかけのレポートや配布されたプリントも混ざって、見えている床の面積の方が少ないくらいだ。
「ねえちゃん、普段こんな状態で人を入れてるの?」
 玄関で靴を脱ぎながら、劉生がため息交じりに言った。そんなわけないだろうに。さすがの私でも、全部押し入れに押し込んんで人が座れるようになってから招き入れる。そう言うと、劉生が苦笑した。
「じゃあ、こんな部屋知ってるのは俺だけなんだな」
 知っていても何もいいことなんてないから!
 気持ち悪いことを言う劉生を睨むと、へらっと笑い返された。笑い顔の劉生は、普段の整った顔が隙だらけになって――実はちょっとかわいいと思う。子供のころから、劉生の気の抜けた笑みだけは変わらない。
 ――他はずいぶんと変わってしまったが。
 部屋の隅からなんとか座布団を見つけ出し、劉生に勧めた。玄関から上がって、苦い顔で部屋を物色する劉生はそれに応えない。時折ため息交じりにゴミを拾っては捨てていた。余計なお世話と思いつつ、姉としては情けなくなる光景だ。汚い部屋だとは知っていたが、無言で掃除をされるほど汚かったのか。
「あ」
 唐突に劉生が声を上げた。何気なく振り返ると、劉生が部屋に落ちていたものを片手で拾い上げていた。服――いや。
「な、なに拾ってんの!」
 ブラジャーだ!
 劉生が片手でつまみあげて、しげしげと眺めている。白くて、少しのレースがついている他には、なんの変哲もないブラ。私サイズなのでちょっと小さ目……ではなく!
「返して、ばか!」
 私は劉生からブラをひったくると、あわてて背中に隠した。劉生は瞳をぱちくりとさせて私を見る。
「なんで?」
「なんで……って!」
 人の! 下着だ!
「ねーちゃんの下着は色気がないからなあ。見ても喜ぶのは俺くらい――おっと」
 劉生はあわてて口を押さえると、わずかに笑みを含んだ瞳で私の様子を窺った。その態度からわかる。劉生の失言は、わざとだ。
 私の様子を見て楽しんでいるのだ。
「こ、の、野郎!」
 私は手に持ったブラも再び投げ捨てて、劉生の肩を揺さぶった。本当は首を絞めてやりたい――そうしなかったのは、一抹残った兄弟の情だ。頭をぐらぐらに揺らされて、劉生が目を回しながら言った。
「怒ったねえちゃん、かわいい」
「変態!」
 もう二度と劉生を部屋に入れるもんか!
 私は強く強く、心の中に誓った。



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