騙される方が悪い


「成瀬! 成瀬! やべーよ今年は今日から講義あるんだって!」
 寝起きの頭に藤野の声が響く。時計を見るとまだ朝の八時過ぎだ。春休みでだらけきった大学生にとって最も縁遠い時間帯である。カーテンの隙間から覗く陽光がまぶしい。
 私は携帯電話の先にいる藤野に、この世で最も恨めしい声を出した。
「うるさい」
「怒ってる場合じゃないって、成瀬! はやく学校行かないと間に合わないって!」
「知ってるよ」
「へっ」
 素っ頓狂な声を最後に、藤野の喚き声が止まる。私は電話を耳に当てたまま、大きくため息を吐いた。やっと静かになってくれた。藤野の甲高い声は寝不足の頭には辛い。神経を弦にしたギターを使って、頭蓋骨の内側でロックのコンサートを開かれている気分だ。と、自分でグロテスクな想像をして気持ち悪くなる。昨日明け方までスプラッタホラーの映画を見ていたせいだ。
「前年度が終わるとき、教授が言ってたもんね。あまりにみんなの成績が悪すぎるから、規定時間外の講義も考えるって。昨日もメール回って来たし」
「えっ。えっ」
「みんなにも届いてるはずだし、藤野もそのメールを見て講義知ったんだよね?」
「な、成瀬、マジで言ってるの? うそ、今日講義あるの?」
「藤野、知らなかったの?」
 慌てた藤野に、目を擦りながら問い返す。私はいまだ布団に包まれ、温かいような寒いような、微妙な陽気を味わっていた。喉が渇いたが、立ち上がるにはしんどい。
「え、成瀬、何時から? なんの講義?」
「メール見なよ。全部書いてあるって」
「マジで、マジで言ってんの?」
「私、そろそろ出かける準備しないと。切るね」
「待って成瀬。待って、マジで!」
 問答無用。
 私は藤野の言葉は聞かず、通話終了のボタンを押した。藤野の声は強制終了、静かになった我が汚部屋が愛おしい。
 はあ、とため息を吐くと、私は枕に顔をうずめた。立ち上がる気力はないが、もう一眠りするには目が冴えてしまった。うっかり藤野に憎しみを抱きそうになる。くだらないことのために朝っぱらから叩き起こしやがって。
 ――まあでも、いいか。
 今頃藤野は、必死でメールの受信履歴でも調べている頃だろう。それで少しは溜飲が下がる。
 今日、四月一日。もちろん講義などあるはずはない。


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