2−5
ようやく廊下の端の、あのマンホールのような出口見えた。見えたけれど、そこまで辿り着く事は出来なかった。その手前に、誰か立っている。背の高い人影は、橘さんの懐中電灯に照らされ、実際よりも大きく見えた。
「そこまでですよ」
影は、そう言って口の端を持ち上げた。
地下室に光が灯った。暗闇から一気に明るい光の元に晒され、私は目が眩んでしまった。顔を顰めながら、私は目の前に立ちはだかる人物を見た。
「はやとさん……」
全身の力が抜けて、危うく倒れるところだった。隼人さんは相変わらず微笑んだまま、私達を見ている。子供達はその場に座り込み、泣きべそをかいていた。安心したのか、叫ぶ事も声を殺す事もなく、真っ当な泣き方をしている。もちろん、中には大きな声を上げて泣くことが普通の人もいるかも知れないが、とにかく子供達は普通に泣いていると判断出来た。
「どうしてこんな所に居るのですか」
口調は穏やかなのに、まるで怒っているように見えた。言い訳をできるような事もないので、私達は大人しく事情を説明した。
「報告させて頂きます。すぐに人が来るでしょう」
隼人さんは手を耳に当てると、二言三言呟いていた。幽霊への恐ろしさは消えたが、これから先の長い長い説教を予想すると、それはそれで体が震えた。
「教頭先生がこちらへいらっしゃいます。逃げようなどとは思わないでください」
報告が終わったのか、隼人さんは私達に向き直った。私達は顔を見合せて、溜息をついた。
私達は時間を持て余しながら、教頭先生が駆け付けるのを待っていた。どこに行こうとも隼人さんに見張られていて、落ち着かない。それに、やはり先ほどの出来事は気になった。
「すみません隼人さん、聞いてもいいですか?」
「何ですか」
「さっき、適当な部屋に入った時に、たくさんの腕や足が転がっているのを見たんです。あれって、何なんですか?」
隼人さんは、私と目を合わせようと覗き込む。私はそれが苦手で、つい俯きがちになってしまった。
「見てみますか?」
「え?」
「その部屋へ行ってみましょう。見れば分かりますよ」
隼人さんは目で私達を廊下の奥に促した。怖さが抜けたのか、愛海と橘さんはそれに続き、初等部生達はその後を恐る恐る付いてきた。
電灯に照らされた部屋の中は、恐ろしい部分など何もなかった。簡素なつくりで、やや無造作に置かれた机と棚がある。隅の方には、廃棄物の様に腕や足があった。表面は滑らかだが、切断面を見れば、いくつものコードが飛び出しているのが分かる。
「ロボットのパーツだったんですね」
私は吐き出すように言った。全く、暗闇というものは人を恐れさせる。
「ここは、私達機械の修理場です。一応、体の仕組みは極秘事項なので」
「じゃあ、足音が聞こえたのも」
「他の機械が居たのでしょう。脅かしてしまったようですね」
何から何まで、恐ろしい事はなかった。この地下は、ロボットの為に作ったのだ。少し広すぎるのではないかと思うが、学長が考える事だから多少奇妙なところは気にしてはいけない。どうせ、ロボットをもっと増やそうなどと思っているのだ。そして、あの入口の小屋は、秘密を守るためのカムフラージュだろう。幻のE棟なんて、存在しないのだ。
「あ、それと動物の鳴き声みたいなのも聞こえたんですよ」
これにも、たいそうな理由はないのだろう。隼人さんはまた微かに笑って説明した。
「ここには、動物型機械の試作品もいますから」
あんまりな結末に、私は大きく息を吐いた。
教頭先生は鼻息荒く、頬を紅潮させていた。六人の顔を見回すと、一人ずつ名前を呼びながら、大きな体で順々に抱きしめていった。
「あなたたち、本当に……。私が先に見つけたからよかったものを」
それから私達を離すと、隼人に向き直り深く礼をした。
「先に私に知らせてくれて、感謝します。この子たちを助けてくれて」
「いえ、あなたに感謝される事はしていません。頭を上げて下さい」
「そうはいきません。礼を言う時には、相応の態度をとります」
教頭先生は、まるで感謝していないかのように大きな態度だった。眼鏡の底に表情を隠して、何を考えているのか読み取れないせいもある。だけど、あの教頭先生が頭を下げているからには本当にありがたく思っているのだろう。
教頭先生は再び私達に向き直ると、その堂々とした態度で宣告した。
「全員、反省室に来なさい。しばらくは寮にも返しません」
初等部生達は首を傾げて教頭先生を見ていた。知らないというのは強い。私はかつて反省室で過ごした時の事を思い出し、血の気を失っていた。
私達は反省室で、延々と書き取りをさせられながら過ごした。今回は聖書の丸写しだった。前は写経だった。その後、教頭先生の出すテストに合格しなければ解放されないため、前回は一週間以上反省室に閉じ込められた。
「あたし、もう無理。学長の方が良かったあ」
愛海が大分弱って来ていた。何度も愚痴をこぼしながら、他人の邪魔をしようとする。
「学長だったら、多分退学だよ」
「それならそれでいいじゃん。退学になった方がまし」
「ここを出たって、行く所ないでしょ」
私が一節を写し終えたとき、橘さんが会話に加わった。
「意外と、この学校って退学多いよね。外から連れてくる割に、追い出すのも多い」
確かに、と私は頷いた。
「大したことしてなくても退学にさせられますよね。学長だったら、脱走未遂は即退学」
「学長は、教育者としては駄目だからね。生徒の事理解しようとしないし」
それに、滅多に生徒と接することもないのだ。その点でいけば、教頭先生の方に好感がもてた。
「あなたたち、無駄口を叩いている暇はないですよ」
いつの間にか、教頭先生が立っていた。胸を張り、態度は大きく、体も大きい。そして、叱る声も大きい。
「先輩のあなた達が初等部の様な後輩に見本を見せなければならないのですよ。それなのに不真面目で言いつけも守れないようでは――」
おまけに、説教も長いのだ。