4−2

 祥子とその仲間達にさらわれた辰哉は、日が陰り始めた頃にようやく戻ってきた。ロビーには大分人が減っていたが、辰哉が帰ってきたらしいと聞くとまた人が集まりだしていた。彼女達ははじめ辰哉の存在を認められず、次に一つ頭の飛び出した大女を見つけて、感心したように息をついた。 
「お姉ちゃん……」 
 辰哉は私を見ると、力無く片手を手を上げた。大分弄り回されたのか、疲れ果てているようだ。動き難そうにスカートを揺らしながら私に近寄って来る辰哉は、短い髪はそのままに、前髪を飾りのついた小さなピンでとめられている。私は笑うに笑えなかった。私がスレンダーに背を伸ばしたら、きっと同じ姿になるからだ。 
「祥子さんが、あんな人だと思わなかったよ」 
「知ってたの?」 
「有名な人だよ、歌も歌ってる。僕、ファンだったのに」 
 祥子が芸能クラスである事をすっかり忘れていた。祥子がこの学校に来る前は何度もテレビで見かけたのに、最近では祥子が自分の映っている番組を全て隠してしまうせいだ。恥ずかしがっているというよりは、本気で嫌がっているように見えた。 
「僕の同僚も、好きな人は多かったよ。軍で開いた慰安ショウにも来てた」 
「へえ」 
 私はあらためて祥子を見たが、別段特別な感想は抱かなかった。芸能人だって、混ざってしまえばただの女子生徒だ。 
「それよりもさ、辰哉はなんでわざわざこの学校に来ようと思ったの」 
「お姉ちゃんがいるから」 
「それはそうだけど、大変でしょう。ここ、チェックが厳しいから。それに、辰哉の他にもこの学校に忍び込もうとした人がいるんでしょ。何かあるの?」 
 辰哉は口元を手で押さえた。そうすると、本当の女の子みたいだった。さり気無い動作だったせいで、余計にそう感じる。 
「噂だけどね、この学校はこの国で一番安全な場所なんだって」 
 私は辰哉の言う意味が理解できず、眉に皺を寄せた。 
「安全な場所って、どういう意味?」 
「僕もよく知らないけど、この学校は強力な軍用ロボットで守りを固めて、爆撃にびくともしない地下施設を隠しているらしいって。世界が滅びてもここの生徒だけは生き残るんじゃないかって言われているよ」 
「地下施設」 
 私は反射的に橘さんと愛海を見た。夏休み前の嫌な記憶を掘り出してみると、その中に辰哉の指す地下施設らしきものがあった。 
「幻のE棟」と言って愛海は手を叩いた。いい加減、愛海はしつこくてくどい。 
「それはもういい」 
「西校舎裏の、肝試ししていた時のやつだね。あれはロボットの開発施設じゃなくて、シェルターだったのかも。言われてみれば、研究室にしては部屋の作りも変だったし」 
 橘さんは思い出すように天井を見つめながら言った。確かに、規則的に扉の並んだ廊下にも、簡素なつくりの部屋にも、妙に生活臭さがあった。 
「でも、それじゃあ隼人さんが嘘をついたんですか?」 
 ロボット修理のための施設だと言ったのは隼人さんだ。まさか、ロボットが人間に対して嘘をつくことはないだろう。 
「嘘、と言うよりも、そう言うように命令されていたのかも」 
「どうしてそんなことを」 
「さあ、教師が自分達だけ助かろうと思ったのかも。あの地下は広かったけど、さすがに全校生徒が入れるとは思えないし」 
 有り得そうな話だった。愉快な気分にはなれず、私は眉間にしわを寄せた。もちろん今までの話は全て推論に過ぎないとは分かっていたが、そんな施設を作った学長に腹立ちを覚える。 
「じゃあ、あの鳴き声も嘘かもしれませんね。動物型ロボットじゃなくて、本当に生き物かも」 
 身の毛もよだつようなあの咆哮は、今でも耳に思い出せた。だいたい、動物型ロボットの完成品はすでにあるのだ。この学校でも門番として黒い犬の様なロボットが使われている事は、誰もが知っている。 
 いいね、と橘さんは手を打った。 
「地下で虐め殺してんのかも。いかれた奴が多いからね」 
「それじゃ、動物じゃなくて人間でもいいね。あの学長ならやりかねない」 
「人体実験とかもしてそう。あいつやばいもん。その手下もやばい」 
 誰かが囃すと、次々に話が飛んでいった。悪口となると生き生きしてくる人が多い。私はその中には馴染めずに一歩引き、女の子の様な辰哉を眺めた。夢では無い現実として、辰哉がここに居る。私は何としても辰哉を守り抜きたい。もう家族が離れ離れになるのは嫌だった。 
「辰哉、気をつけてね」 
「ん?」と辰哉は首を傾げた。私と同じ色の瞳で、私の姿を見ていた。 
「この学校に居る男の人には、気付かれないでね。見つかったらそれでおしまいだから」 





 学内の生活品売り場で、英理子ちゃんに会った。久々に会った英理子ちゃんは、以前よりも晴れやかな表情をしていた。外出許可期間中だが、実家には帰っていないらしい。A棟内は人が少なくて過ごしやすいと英理子ちゃんは言った。 
「実家に帰らないんだ」 
「帰ってもすることないから。あんまり家族と仲が良くないの」 
「へえ」 
「それよりもね」と言って、英理子ちゃんは口の端を上げて綺麗な歯を見せた。 
「寮の移動許可が、そろそろ下りそうなの。結構揉めて時間がかかっちゃったけど、夏休みが明ける前にはきっとB棟に行けると思う」 
 新学期には、英理子ちゃんと一緒に朝御飯を食べるようになるのだろうか。それは悪くないように感じられた。英理子ちゃんがB棟によく馴染めるといいと私は思った。 
「楽しみにしてるよ。それに、きっとびっくりするよ」 
「何かあるの?」 
 私は笑っただけで返事を返さなかった。英理子ちゃんは私の様子を訝しげに見ているが、それ以上は聞かなかった。 
「引っ越しが決まったら教えてね。十七に手伝わせるよ」 
「うん、ありがとう」 
 十七には、弟を見せてやりたかった。だけどきっとそれも出来ないだろう。ロボットには異常事態の報告義務がある。それは絶対の命令だ。例えば十七が弟を男と認めた瞬間、その事が学校長の耳に届くだろう。私は自分の頭に、その瞬間が容易に想像できた。 
 私が頭の中で小さく溜息をついていたとき、英理子ちゃんは私の手に持つ物を見つめていた。私がこんなものを持っていることが、随分違和感があるらしい。しばらく見比べてから、不思議そうに言った。 
「舞ちゃん、何か修理でもするの?」 
「違うよ、製作するの。私はおつかいだけどね」 
 銅線の束とピアノ線とアルミホイル。私にも何に使うかよく分からない。 



inserted by FC2 system