9−1

 画面の男はもう激情しなかった。静かに淡々と、時折祈りを交えながら事実を述べていた。悟りきったかの様に穏やかな顔をして、時々笑みすらも浮かべた。 
『現れたウイルスは、すでに世界中に散った。為す術はない。しかし、恐れる必要はない。安らかな、眠るような死が約束されているのだ』 
 まるで静かに消えていくような空気が、画面の外にまで染み出ているようだった。男は両手組み合わせると、長い間何も言わずに目を閉じていた。もしかしたら、再び目を開けることはないのかも知れない。そう思った頃に、再び口を開いた。 
『この世界は終わりだ。もう悲しむこともない、辛いこともない。誰かが犠牲になることもない。人間は死に絶えて、きっとこの世は楽園に変わるだろう。今更誰を恨んでも、憎んでも仕方がないのだ。同時に、後悔をしても遅い。堰き止められていたダムが決壊したならば、全ての水が流れ落ちるのを待たなければいけない。そして堰を破ったのは我々なのだ』 
 目を閉じたまま、男は表情を変化させずに言い続けた。一律な言葉の調子は、どこか機械的だ。人間は行き先が決められた時、機械と変わらなくなってしまうのだろうか。 
『子供達には悪い事をしたのかも知れない。だが安心してほしい。我々が必ず付いていく。天に召されるときも、かな――』 
 弾けるような音とともに画面が一瞬揺れると、男の声は突然消えた。モニターに張り付いていた映像は煙が消えていく時のように、次第にぼやけて見えなくなった。 


「舞、こんな所で遊んでるんじゃない。終わった事は今更しょうがないんだよ。今はやることが沢山あるんだから。力仕事くらい手伝えっての」 


終わり




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