じゅうに


 ――生きてる!
 透子は跳ねあがると、近くにいるはずの涼平と栄吉を探した。透子の体は半ば土砂に埋もれていたが、怪我がないのは幸いだった。
「栄吉、涼平?」
 辺りを見回す。が、目当ての姿はない。影すらも見えない。透子はすぐに青ざめた。
「どこ!? 栄吉! 涼平!」
 素早く身を起こすと、透子は二人がいたはずの地面を掘った。
 大きな岩。流木、水を含んだ重い泥。この中で生きていることなどあり得るのだろうか。
 まさか、また。また守れなかったのか。震える手で、透子は土を?き分ける。指先が痛い。石にひっかけて、腕が切れた。血が滲む。
「涼平、栄吉……涼平!!」

「なんだ?」
 背後から声がして、透子は振り返った。
 黒いスーツを脱ぎ、汚れたワイシャツを腕まくりした涼平がそこにいた。透子は確かめるように瞬くと、涼平に飛びついた。彼の体に触れ、手を握り、何度もその顔を確認してから、ようやく気が抜けた。
「どこ行ってたの」
「透子がなかなか起きないから、助けを呼びに行こうと思っていたんだ。一応神とはいえ、ほとんど人間のような身だ。頭を打っているかもしれないからな。下手に動かすこともできない――と思っていたんだが、大丈夫そうだな」
 涼平が無遠慮に手を伸ばし、透子の頭に触れた。そのまま髪を撫でられると、透子は照れくさくて俯いた。涼平が生きていたのが嬉しい。安堵から、涙が溢れ出る。
「透子。お前はまた町を守ったんだな」
 くしゃくしゃに撫でていた涼平の手が不意に止まった。どうしたのかと、視線だけを涼平に向けると、彼は透子ににやりと笑みを返した。
 ――と思うと、あっという間に涼平の姿が見えなくなる。
 代わりに感じるのは、強い拘束だった。胸に顔を押し付けられ、腰に腕を回されて――抱きしめられているのだ。
「透子、俺も役に立ったか? お前の言うこと聞いただろう?――約束は思い出したか?」
「や、約束って」
「十七年、もう一度会えるのを待っていた」
 透子の耳に、囁くように涼平は言った。透子は目を白黒させる。
 透子は普通の人間よりも、ずっとずっと長く生きてきた。だけどそれは神として、だ。人間から、こんな風に扱われたことなんてなかった。
「り、りょーへー、私、人間じゃないんだよ」
「それが?」
「涼平より、長く生きるよ」
「それで?」
「う、ううううう……」
 涼平が首を曲げ、透子の赤い顔を覗き込んだ。その瞳は、ぎくりとするほど大人のものだった。
「一緒にいてくれるな? この先、何年、何十年でも」
 透子は言葉に詰まった。断る言葉はない。涼平の幼い約束を反故にするなんて、透子に出来るはずがない。
 でも――素直に肯定できるほど、透子の心は大人じゃない。
 にやにやと笑む涼平の顔は、少年の頃の面差しを残したまま、大人になっていた。

「うちの娘になにをする!」
 涼平の笑みを吹き飛ばす一喝が響いた。
 涼平の背後から、無理やり肩を掴んで透子を引きはがす。その姿を見て透子は歓声を上げた。
「栄吉! 無事だったんだ!」
「わしにばかり人を呼ばせて。お前はなにをしているかと思えば」
 涼平は不満げに顔を背けた。栄吉はまだ怒っているようだ。
 透子は二人を見比べてから、少しして吹き出した。いつの間にか、空が鮮やかに晴れ渡っている。
 土砂の中から、御神木の若葉が覗いていた。
 雨のしずくが光り、小さな若木が緑に輝いた。


(完)

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