聖なる夜はあなたと


 それでも寝て起きれば、朝になってしまうもので。
 学校へ行くと、私は真っ先に委員長に向かった。
 委員長は取り巻きと一緒に、窓際の席で談笑していた。私としてはできれば委員長が一人の時がよかったけれど、もうそうも言っていられない。先延ばしにすると、あっという間に月曜日になってしまう。
「委員長、クリスマス会の話なんだけど」
 呼びかけに、委員長は応えない。取り巻きと笑いながら話を続けている。
「委員長!」
 私は委員長の肩を掴んで、無理に振り向かせた。彼女の冷たい視線が、眼鏡の奥で光る。怯みそうになる、でも駄目だ。
「劉生は用事があるの。クリスマス会には連れて行けないよ」
「なによ、隆子ちゃん。また約束破るの?」
 そう言ったのは、委員長ではない。取り巻きの一人だ。彼女の言葉に、周りからも野次が飛ぶ。しかし委員長だけは黙っていた。口を利かない、を几帳面に実行しているようだ。
「約束じゃない。勝手にそっちが言ってきたんでしょ。私は無理だって、この間も言ったよ」
「そんなの言い訳じゃん」
「劉生くんを連れて来れないの? 弟なのに?」
「頼んで連れてきてよ。それともそんなに仲が悪いわけ?」
 遠巻きに、教室の生徒たちが私たちを見ている。ざわざわと声がする。居たたまれなさに泣きたくなる。
 だけど譲れない。
「どんな理由でも、劉生は連れて行けない。委員長、劉生は絶対に、行かない!」
 取り巻きに巻けない、強い声で言う。
「えー、劉生くん来ないのー?」
 そこへ、空気を壊すような低い女生徒の声が響いた。少し低くて、うざったく語尾を伸ばす。不機嫌さもあらわなその声は、劉生を呼ぶことになった原因――松浦詩音だ。
「劉生くん来ないなら、あたし行かなーい」
 指で髪を弄りながら松浦詩音が言う。鮮やかな茶髪にパーマ、何度言われても直さないスカート丈。彼女の言葉に、委員長の取り巻きたちは顔を見合わせる。
 何か言いたいけど、怖くて言えないのだ。見た目からして対照的な、委員長たちと松浦詩音。互いの相性が悪いことは、一目見て分かる。
「美優、どうする?」
「詩音ちゃん来ないって」
「やばいよ美優」
 取り巻きたちがこそこそと小声で委員長に囁く。委員長は周りに急かされ、私を見ないまま松浦詩音に顔を向けた。
「詩音ちゃん、来ないなんて言わないでよ。みんな来るって言ってるんだよ」
「でも、劉生くんは来ないんでしょー?」
「それは、隆子ちゃんが……」
「劉生くんが来るから、あたし行くって言ったんだもん。じゃなかったら行く意味ないし」
 松浦詩音は肩をすくめた。話はもうこれ以上する気はないらしい。背中を向けると、委員長が止めるのも聞かず教室の外へと出て行ってしまった。
 ほんの一瞬、教室の空気が止まる。松浦詩音の後ろ姿が見えなくなるまで、誰も口を開かない。もうすぐ朝のホームルームが始まるのにどこへ行くのだろう。と、私は場違いなことを考えていた。
「隆子ちゃん!」
 不意に、委員長が私を呼んだ。今までで一番、鋭い怒りの声だった。
「なんであんなこと言うの。ひどいよ! せっかく詩音ちゃんも来てくれるはずだったのに!」
「委員ちょ――」
「みんなで思いで作りたいから、私頑張ったのに。みんな楽しみにしてたのに。隆子ちゃん、悪いと思わないの!?」
「委員長!」
 怒鳴る委員長に負けず、私は声を張り上げた。普段から大人しい私の大声に、委員長は驚いたように固まる。周りの野次馬の視線も、一斉に私に向かった。
「正直に言うよ。楽しみなんかじゃない。少なくとも私は、楽しみじゃなかった」
「な……隆子ちゃん」
 委員長が怯んだように声を落とす。私からこんな言葉が出るとは思わなかったのだろうか。取り巻きたちが黙って目も見張る。
「みんな都合があるのに、急に日にち決めて、無理やり参加させて。しかも人の弟まで、用事があるって言ってるのに連れ出そうとして」
「な、なによ……そんな風に言わなくても……」
「劉生を利用して、乗り気じゃない子を集めて。それで、どうやって楽しめるのか、私わからない」
 軽く頭を振る。言いたいことは全部言った。
 見ると、委員長は眼鏡の奥で瞬きをひとつ。その目に、見る間に涙がたまっていく。
「隆子ちゃん、ひどい。私、みんなのためにやってたのに」
 そう言って鼻をすすると、委員長は顔を抑えて俯いた。取り巻きたちが委員長の肩を抱き、心配そうに見つめている。
 言い過ぎただろうか。周りの視線も痛い。特に事情を知らない男子生徒には、私が悪いようにしか見えないだろう。
 委員長はそれ以上何も言えず、ずっと肩を震わせ嗚咽をもらしていた。しゃくりあげるたび、長い三つ編みが揺れる。しかし気の毒に思う前に、委員長の代わりとでも言うように取り巻きたちが一斉に口を開いた。
「隆子ちゃん、サイテー」
「隆子ちゃんワガママすぎ。美優かわいそう」
「クリスマス会が中止になったら、隆子ちゃんのせいだからね」
 私は唇を噛み、非難の言葉を聞いた。
 悔しい。
 なんで私が責められないといけないわけ? 勝手に利用しようとして、勝手に幻滅して。それで私が何もかも悪いような態度をとるわけ?
 だけど、反論の言葉は飲み込んだ。今口を開いても、出てくるのはか細く震えた声だけだ。目の端ににじむ涙は、息をのみ必死にこらえる。泣いていると思われるのは癪だった。
 ――利用されるのって嫌いなんだ。
 劉生の言葉が思い出される。うん、そう。私も嫌いだ。今回のこと。本当に悔しいのは私じゃなくて、劉生。
 私は委員長たちが怖くて、劉生を利用しようとしたんだ。

 これ見よがしに委員長を慰める取り巻きと、周りの視線を断ち切ったのは、朝のチャイムの音だった。
 ざわざわと、名残惜しげなざわめきを残したままみんな席に着く。委員長も、取り巻きたちも。もうすぐ先生が来て、朝のホームルームが始まる。その時までにはきっと静かになっているだろう。なんだかんだ言っても、彼女たちは真面目なのだ。

 ○

 結局クリスマス会は中止になった。
 中止、と言っても決まったのは当日だ。朝、学校で委員長がみんなに言っていた。中止になった。原因は、私のせい。
 私自身は、委員長たちから徹底して無視された。クラスの人たちも、なんとなく私を遠巻きに見ている気がする。その上劉生とも仲直りできなかった。
 家で劉生に声をかけても、ほとんど返事もしてくれなかった。劉生はずっと、携帯電話ばっかり弄っている。いつも仲が良いだけに、お母さんも心配してくるのだけど、それさえ劉生は生返事だ。
 もうすぐクリスマスなのに、どうしてこんな憂鬱に過ごさなければいけないのだろう。
 重たいため息が口から出る。今日はもう何度ため息を吐いたかわからない。
「隆子ちゃん、ちょっといい?」
 うつむきがちな私の肩を、誰かが叩いた。重たげに顔を向けると友人たちが数人、私を取り囲むように立っている。みんな私とは対照的に、いつになく明るい表情をしていた。
 彼女たちはしばらく、誰が最初に口を開くかひそひそと囁いていた。互いに肘でつつき合いつつ、たまに小さく笑い声をもらす様子は、秘密でも打ち明けるときのようだった。
 一歩前に出て、口を開いたのは千恵里だった。丸い瞳で私を見上げ、小首を傾げる。
「あのね、中止になったクリスマス会のことなんだけど、私たちでやらない?」
「……え?」
 訝しさに私は眉を寄せる。私の友人たちも千恵里も、自分から何かしようと言いだすようなタイプではない。よく言えば大人しく、悪く言えば自己主張がない。自分たちから誘い出すのが苦手なはずだった。
 それに今、私はあまり「クリスマス会」という単語を聞きたくなかった。そのせいで落ち込んでいることは、千恵里たちにもわかっているはずだ。
「せっかく塾を休んだのに、委員長たちが急に止めるって言いだすんだもん。みんな委員長に言われて予定を空けちゃったのに。だから今日は委員長たちは抜きで、嫌がる子も無理には誘わないで、やりたい人だけでやろう?」
 千恵里の言葉に、周りの子たちも頷いた。やりたい、やろうよ。私を促すように、小さな声のさざめきが上がる。
「ね、隆子ちゃん、やろ?」
 千恵里が私の手を取って、にこりと笑いかけた。だけど私はまだ戸惑ったまま言葉を濁す。
「…………でも、急な話じゃ場所も物も……」
「ば、場所なら――!」
 ふと、高い声が割って入ってきた。見ると、顔を真っ赤にした小太りな少女が近くに立っていた。
「理子ちゃん?」
「場所なら、うちを使って。ママに言っちゃったの、クリスマス会をするって。ママ、頑張って用意するって言ってて……中止になったら……悲しむから…………」
 どうやら傍でずっと話を聞いていたらしい。理子ちゃんは体を縮め、怯えたようにそう言った。
「理子ちゃん、でも、委員長は……」
 いつも一緒にいる委員長たちの姿が、今は理子ちゃんの周りにはない。いたとしたら大変だ。今まさに委員長の非難の的である私に声をかけたりなんかしたら、今度は理子ちゃんが責められる。しかも中止になったクリスマス会の代わりに、家を貸す? もしも委員長に知られたとき、きっと理子ちゃんの居場所はなくなってしまう。
「いいの」
 理子ちゃんは苦笑いを浮かべながら、首を振った。
「中学校で最後だもん。私も、楽しい思い出が欲しいの」
 口をつぐみ、理子ちゃんを見る。今にも泣きだしそうな目の中に、少しの期待の色が滲む。
「隆子ちゃん」
 千恵里が私の手を、もう一度強く握った。彼女の手は小さいのに、温かくてやわらかくて――私を頷かせる不思議な力がこもっていた。

 ○

 クリスマスツリーの影に座り込んだ私は、ケーキの皿を片手に一人でちびちびと食べていた。理子ちゃんのお母さん手製のショートケーキだ。売り物にしてもおかしくないくらい美味しくて、その上やたらと大きい。結局クラスの女子半数が参加したけれど、全員でも食べきれない量だった。
 理子ちゃんは本当にお嬢様だ。鮮やかに飾り付けられた広い部屋に案内されたとき、私はてっきり客間に通されたのかと思った。ところがそれは理子ちゃんの私室だった。よく見れば、たしかに客間にあるはずのない、ベッドや漫画と教科書の詰まった本棚が置かれている。理子ちゃんの私室は、私の家のリビングよりも広い。
 放課後、一度家に帰って着替えてから、私たちは理子ちゃんの家に向かった。人数は十人と少し。私たちを迎えた理子ちゃんのお母さんは、「あら、ずいぶん少ないのねえ」と小首を傾げていた。その一言も、私には憂鬱だった。
 テーブルに並べられたケーキも、たくさんの料理も、クラスの女子全員――二十人を想定していたのだろう。その想定を崩したのは、なんだかんだ言って私なのだ。
 ため息とケーキの一切れを同時に飲み込んだとき、私の傍に友人たちがやってきた。
「隆子ちゃん、どうしてこんな隅っこにいるの」
 苦笑いしながら、彼女たちは私の傍に腰かける。手にはそれぞれジュースや皿を持っていて、みんなそれなりに楽しんでいるようだった。
「もしかして、委員長のこと気にしてるの?」
 真横に座った友人が、私の顔を見て心配そうに言った。私は上手く返事ができない。黙った私を慰めるように、友人が私の頭を撫でた。
「落ち込まないでよ、隆子ちゃん。みんな隆子ちゃんが言ってくれてすっきりしたんだよ。私たちじゃ、何も言えないから……ねえ?」
 友人が周りに問いかけると、そうだよ、と声が上がる。
「委員長、ちょっと強引すぎるよ。……でも怒ると怖いし」
「先生にも気に入られてるしね。今回も、クリスマス会に先生を呼ぼうとしてたみたいだよ」
「受験のために内申点を上げようとしてたんだって噂もあるの。ね、千恵里」
「……えっ」
 友人の一人が、少し離れた場所に座る千恵里に声をかけた。千恵里は驚いたようにはっと顔を上げる。手には携帯電話。どうやらずっと、携帯電話を弄っていたらしい。
「……どうしたの、千恵里。内申のこととか、千恵里が教えてくれたんじゃない」
「あ、それは劉生くんが……」
「劉生?」
 反射的に尋ね返す。どうして劉生の名前がここで?
「あ、ちが……なんでもない」
 千恵里はあわてて首を振り、すぐに携帯電話に目を戻してしまった。千恵里の態度に周りは首を傾げる。俯いて携帯電話だけを見つめる千恵里の姿は、「誰も話しかけるな」と口で言うよりもはっきりと訴えている。
 ――劉生。
 千恵里の態度も奇妙だが、私はそれより、劉生のことの方が気になってしまう。楽しい場所で浮かれてはしゃぎたくても、ふと頭に劉生のことが浮かんでくる。
 今頃、劉生は剣かも忘れて部活の人たちと楽しんでいるのだろうか。一方の私は、劉生のことを気にかけすぎて、全然楽しむ余裕もないのに。
 もしも最初に劉生を誘ったとき、それでも「来て」と言っていたら変わっていたのだろうか。劉生が来て、委員長たちのクリスマス会も成功して、劉生との喧嘩もなくなって……。
 そこまで考えて、私はまた息を吐く。美味しいケーキも、なんだか味気なくなってしまった。劉生に楽しんでほしいと思っていたのに、私だって委員長のことを言えないくらい、勝手な姉だ。
「ねえ、隆子ちゃん」
 どれくらい物思いに沈んでいただろうか。不意にかけられた声に、私ははっと我に返る。気がつくと友人たちは場所を移動していて、代わりに千恵里と理子ちゃんが傍にいた。
「隆子ちゃん、今日ずっと元気ないよね」
 千恵里が真正面から私を覗きこむ。
「せっかくのクリスマス会だから、そんな顔しちゃだめだよ」
「……うん」
 そうは言ったものの、笑顔になるのは難しい。変わらない私の表情を見て、千恵里が困ったように笑った。
「委員長のこと? それとも劉生くんのこと?」
 私は答えなかった。千恵里は一瞬眉をしかめると、ふとスカートのポケットに手を伸ばす。取り出したのは携帯電話だ。千恵里はさっと画面に目をやると、満足げに目を細めた。
「来たみたい」
 千恵里の言葉に、理子ちゃんも頷く。二人して立ち上がると、座ったままの私に「行こう」と声をかけた。
「ど、どこに?」
 千恵里に手を引かれ、私は戸惑いながら聞き返した。千恵里も理子ちゃんも、なんだか楽しそうだ。私とは対照的に。
「クリスマス会だもん。隆子ちゃんが元気になれるようなプレゼントがあるの」

 二人に連れられて、私は理子ちゃんの家の玄関にやってきた。私たちが足を止めると、ちょうど待ち構えていたかのようにチャイムが鳴る。
「はーい」
 理子ちゃんは明るい声を上げて、玄関の扉を開けた。
 寒い空気が吹き込む。外は日が少し傾いて、薄暗くなり始めていた。
「ねーちゃん!」
 そこに、劉生が立っている。私を見て、寒さも忘れるような笑顔を浮かべる。
「劉生……?」
 呆然と、私は声を漏らす。どうして劉生が? どうしてここに?
「驚いた?」
 劉生は寒さで赤くなった頬を緩め、目を細める。
「千恵里さんと計画を立ててたんだ。委員長って人のクリスマス会には出たくなかったから」
「で、でも劉生も部活の人と遊ぶんじゃ――」
 そう言いかけて気がついた。劉生の後ろから、覗きこむように男の子たちが何人か隠れている。年頃は劉生と同じ。もしかして。
「こっちに混ぜてもらおうと思って、連れてきちゃった。俺たちの方も、女の子がいた方が喜ぶから。……迷惑でした?」
 劉生は理子ちゃんに向かって尋ねる。理子ちゃんは即座に首を振った。
「ううん……人数が多い方が、ママも喜ぶから」
 ほっとしたように、劉生は白い息を吐いた。
 劉生も千恵里も理子ちゃんも、みんな何でも知っているような態度だ。私だけが困惑している。だって、待って、どういうこと?
「劉生、怒ってたんじゃないの?」
「怒ってたよ」
 劉生ははっきりとそう言った。
「委員長って人の、ねーちゃんへの態度がすごくムカついた。言いたいことがあるなら俺に言えばいいのに、ねーちゃんを利用するようなことして」
「…………劉生」
「俺のせいで、ねーちゃんが利用されるのが好きじゃない。腹立つ。だから、そのクリスマス会には絶対に行きたくなかった」
「私に怒ってたんじゃないの?」
 私が言うと、劉生が目を丸くした。そんなこと、考えもしていなかったと言いたげな表情だ。
「俺がなんでねーちゃんに怒らないといけないんだよ」
「だって、ずっと無視してたし、携帯ばっかり見てたし」
 この数日間、まともに劉生と話をした気がしない。あの劉生の態度は、怒っていなかったと言われてもすぐには信じられない。
 ああ、と劉生は苦い顔で頭を掻いた。
「あれ、ずっと千恵里さんと連絡を取ってたからだ。怒ってるように見えてたならごめん。千恵里さんと、もう一つクリスマス会をやろうって計画――ねーちゃんには内緒にしたかったから」
 それなら、この突発的なクリスマス会も、本当は元から計画してたってこと? 千恵里に目をやると、答えの代わりに含み笑いが返ってくる。
 私はしばらく、言葉が出なかった。なんだか一人で空回っていたみたいだ。脱力感に、私は泣き笑いの気持ちだった。
「ね、寒いから中に上がろう? いらっしゃい」
 立ち尽くす私と劉生たちに、理子ちゃんが声をかける。今日も外は冷たい風が吹く。劉生と友人たちは、安心したように玄関に上がり靴を脱ぎ始めた。
 理子ちゃんが先頭に立って、男の子たちを部屋へと案内する。その一番後ろで、劉生は私の手を掴んだ。外にいたせいか、劉生の手は赤くてびっくりするほど冷たい。
「ねーちゃん」
 私の手を掴んだまま、劉生は立ち止る。どうしたのかと、私は訝しげに振り向いた。劉生は真面目な顔をして、私を見下ろしていた。
「さっきは怒ってないって言ったけど、あれ、ちょっと嘘だ」
「……え」
「ねーちゃんに来るなって言われたとき、ちょっとムカついた。それで、がっかりした」
 前を行く理子ちゃんたちは、私たちがついて来ていないことには気がついていないようだ。私たちだけ取り残されると、理子ちゃんの家の広い廊下が、やけに静かで寒々しい。劉生の声は小さいのに、冷たい空気のせいか妙によく通る。
「遠慮なんてしてほしくない。俺は、ねーちゃんが一緒の時が一番楽しいのにさ」
「劉せ……」
「いこ、ねーちゃん」
 明るい声を上げて、劉生は私の言葉を遮った。私の手を引き、廊下の先へ歩き出す。すっきりとした劉生の声。この瞬間、仲直りをしたことを感じた。
 憂鬱だった気持ちが晴れていく。クリスマス、また劉生と笑って迎えられる。
 私は劉生の手を握り返し、頬を緩めた。
 今日はきっと楽しい日になる。
 そんな予感がするのだ。


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