ぜろ


 ――やーいやーい、もらわれっこの透子、やーい……。

 雲に紛れ、淡い光差す昼下がり、少女が一人泣いていた。夏の青々とした木々に囲まれた境内で、折れた巨木の根元で膝を抱き、揶揄する声を聞いて嗚咽を漏らす。年は十も半ばだろうか、赤い着物の裾が泥に汚れている。
 ――もらわれっこの透子、山津波の化け物やーい。化け物神社の化け物娘。
 少女のすすり泣きに合わせて、巨木の根から出た若芽が揺れる。透けた緑の葉は未だ弱々しく、頼りない。
 少女をとりまくのは影だ。日差しの下、実体のない影だけが揺らめく。少女の周りを、あるいは少年のように、あるいは獣のように、またあるいは、怪物のように姿を変える。
 ――記憶を失くした娘やーい。せっかく記憶を失くして生きて来たのに、あいつが呼びさましに来る。つらい記憶を取り戻す。
 少女は耳をふさぎ、体を丸めた。耳の奥にはからかいの声と、遠い地鳴りの音がする。山風が吹き、湿った空気が流れると、ぽつり、雨のしずくが地面を濡らした。
 ――もらわれっこの透子。あいつが来る。透子に会いにあいつが来るよ。覚悟おし、覚悟おし…………。

 笑いさんざめく声。雨がしとしと降り注ぎ、少女の着物を濡らす。
 悪童の声は止むことなく、少女は固く心を閉じたまま泣き続けた。


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