ろく


「どうして貴様がここにいる!」
 激しい憤りの声に、透子は耳から我に返った。
 気が付けば母屋の一室に横たえられている。額には冷えたタオル。頭の熱が、タオルにゆるやかに吸い取られる。

「私がここにいてはいけませんか?」
「貴様のせいで透子が倒れたのだぞ!」
「どうでしょう? あなたが透子になにも言わなかったからではないですか?」
 ぼんやりとしたまま、透子は薄く目を開いた。
 なにげなく声の聞こえる方を見やれば、透子を間に挟んで罵る、二人の男が目に映る。激昂する栄吉と、怖いほどに冷徹な涼平だ。
「透子に自分が何者か、伝えるべきです。今のままで、透子が無事でいると思いますか?」
「透子はわしの娘だ!」
 透子の目覚めに、二人は未だ気が付いていないらしい。透子は身じろぎもできず、言葉を挟む隙もない二人を見上げていた。
「貴様は二度と透子には近づけさせない。出て行け!」
「ええ、あなたたちがこの神社から出て行くのなら、私も身を引きましょう」
 透子に見せていた表情をすべて消し、涼平は冷たく言った。その変貌に透子は震えた。
 普段の親しい態度に慣れてしまっていたが、彼はやはり、自分たちを追い出しに来たのだ。そのことを透子は実感した。
 突き放すように冷たい涼平。怒りに熱くなる栄吉。二人とも、透子にはまるで知らない人のように思えた。
 ――何の話をしているの?
 怒鳴り合う声が、頭に痛い。

「ここの妖怪たちも、あなたのことを追い出したがっているようですしね? 神の住処と言うのにずいぶんと騒がしいみたいですが」
「…………ここは、神の住む土地だ。妖怪どもがどう騒ごうが、わしらは動かん。ここに、わしらの神がおわすのだ」
「そう言って、また神を殺す気ですか」
「本当に神を殺したのは貴様だ! 忘れたとは言わさん!」
「あなたは意固地になりすぎているんですよ。私の話も、妖怪たちの声も聞こうとしない」
「だま」
「――――黙って!」

 栄吉の言葉を遮り、透子は叫んだ。これ以上黙って聞いているのは堪えられなかった。
 自分のことなのに、なにを言われているのかわからなかった。神とか、死んだとか、そんな話は聞きたくない。
 ――――私が、何者か、ってなに?
「起きていたのか……透子」
 涼平が戸惑ったように声をかける。しかし、透子はぎゅっと耳を押さえて首を振った。
「聞きたくない。私、その話いやだ」
 頭が痛くてたまらなかった。さっきまでの幻覚が、まだ頭に残っている気がする。
 ――――子供の泣き声と、地鳴り。遠くから響く重たい音。それから、悲鳴――。
 知らない何かを思い出しそうだった。

「出て行って。お願い、私、知りたくない――――」



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